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福音香

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福音香。

母の葬儀、そして先日の納骨の際も、
神父様は吊り下げ式の香炉で場の浄化をしてくださって、
その香りがとても美しく、清らかで厳かで、気になってた。

終わってから神父様に尋ねると、

これは、福音香(ふくいんこう)といって、
教会で使われる伝統的なお香なんですよ、と教えてくれた。

神父によっては、自分の好きなブレンドにするひともいるらしい。

また昔は、ミサの前に神父自ら香木の塊を砕き準備をしてて、
そのために、神父様の控室を香部屋といったらしい。

そんな話を聞いてたら、私、すごくそれが欲しくなって、
「どこで買えるんですか?」と尋ねた。

そしたら、「よければ差し上げますよ」と神父様が持っていた小瓶を
そのまま私にくれた。

とても快く。

それを見てた兄は、あきれて苦笑い。
おまえさー、って・・・。

でも、私は神父様のご厚意を有難く受け止めちゃった。
とてもステキな贈り物。

粉末のお香は、お焼香のように炭を置いてその上に振りかけてたく。

部屋中が高貴な香りに包まれる。

帰って調べたら、私が大好きな香り、フランキンセンスが入ってるみたい。
だから、あんなに反応しちゃったのね。

神父さま、どうもありがとう、

「なくなったら、また教会にとりに来てください」なんて言ってもらっちゃった。

いや、たまには、教会のミサにも足を運ばないとな。
お母さん、そしておばあちゃん、そのずっとずっと前のご先祖さまに、
ご挨拶にいかなきゃね。

神父さま、大切に、使わせていただきます。
どうもありがとうございました。

Om Shanti.

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お母さん、ありがとう。

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2012年9月18日、納骨。
8か月もたっちゃったね。

お世話になった神父さまに来ていただき、
無事、終えました。

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お母さんと、最期のハグ。

私はこの骨壺を母だと思える。

母の魂はもうどこか違うところで、自由に生きているに違いない。

でも、母の魂はすべてであるから、この骨壺もまた母だと思えるんだ。

ただ、今生、私の母であったこのボディを、
安息の場に収め、母の永遠の命を、ここに知るということ。

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『わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、
神によって建物が備えられていることを、
わたしたちは知っています。
人の手で造られたものではない、
天にある永遠の住みかです。

わたしたちにすすめを与えてくださった神をたたえよう。
夜、わたしは深く悟る。
わたしは絶えず神を思う。
神はそばにおられ、わたしは決して揺るがない。

心は喜びに満ち溢れ、体は安らかに憩う。
神よ、あなたはわたしを死の国に見捨てられず、
あなたを敬う人が朽ち果てるのを望まれない。

あなたはいのちの道を示してくださる。
あたなの前には溢れる喜び、
あなたの元には永遠の楽しみ。』

(Ⅱコリント五章・詩編16より)


Om Shanti.

Rest in peace...

赤酒

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スタジオに現れた彼は、「はるさん久しぶり!」とにっこり笑って、
カバンの中からひょいと赤い箱を出してきた。

「お母さんにあげて」って。

「赤酒」
この文字をみたとき、私泣いちゃいました。

お母さんと過ごした最後のお正月。
お母さんは、ベットの上で私が作った雑煮の味見をして
「酒、酒がたりんね」って教えてくれたんだ。

熊本で古くから使われてる「赤酒」。

同じ熊本出身の彼はそれを覚えていてくれて、
こんな暖かい心配りをくれた。


赤酒というのは、日本古来の灰持酒(あくもちざけ)の伝統を受け継ぐ、
熊本特産の甘いお酒。

その名の通り、かなり赤い、です。

熊本では、屠蘇や儀式用のお酒として古くから愛飲されてるよう。
歴史的には、江戸時代に細川藩の「お国酒」になっていたとのこと。

醸造工程で、木灰(キバイ)を加えて酸性を中和し、
弱アルカリ性のお酒になるみたい。

そのため、料理に使うと素材の身を締めることなく、
ふっくらと柔らかく仕上がるという。


いただいた日はまずお母さんの祭壇にかかげ、
それからお料理に使ってみた。

塩麹と赤酒で一味違ったひじきの煮物が完成。

Nさんの心配りに、思いやりに・・・。
本当にありがとう。

とても嬉しかった。
そしてお母さんも、とても喜んでた。

こうしてまた私の心は癒えていくんだ。
どうもありがとう。

Om Shatni.

『悲しみセラピー』

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『悲しみの中で、いろいろ異なった段階を
 経験することを、前もって知っておいてください。

 動揺、無感覚、拒絶、ゆううつ、
 混乱、恐れ、怒り、苦しみ、
 自責の念、後悔、受容、希望などです。

 これらはどの順番ででも起こりますし、
 また回数もまちまちです。』


母が逝ってから1ヶ月がたった。

まだまだ悲しい。
最近特にね、ぶり返しがきてる感じ。

悲しみの感情は、本当に思いがけず、本当に唐突に、
ドーンっと胸の真ん中に湧き上がってくるんだ。

些細なことから記憶がつながって、
目の前に、母の最期の顔が浮かんだり、
母の声が聞こえてきたり、

ホスピスで一緒に寝泊りしてたときを思い出し、
その時が、無性に恋しくなり、
あの時に、戻りたくて戻りたくて、

私には、まだ何かできたんじゃないか、と、
ついつい、自分に問いかけてしまい、
小さく責めてる自分に気づき、

そんな自分を、精一杯許してあげてる。

スーパーに向かう自転車に乗りながら、
青空を見上げた瞬間に号泣した日もあったな。

電車の中で、目の前に座った、母くらいの年齢の方の杖を見たとき、
胸が締め付けられて、ポロポロと涙がこぼれたこともある。

ヨガをしてて、ポーズの中で体が開かれたとき、
私の中に母が入ってきて、母と一緒にいるような気がして、
嬉しいんだか、悲しいんだか、切ないという感じか。

いずれにせよ、体は涙を流した。
そして泣いてる自分を、ただ観てた。

そんなことが何度もある。

時々、すごく近くにいるような感覚を覚える。

でも、その気配はすぐに消えて、
また「あらお母さん、散歩いっちゃった」って感じ。

そうそう、星を見てると、なぜかすぐに母のことを考えてしまう。

よく「お母さんは、空のお星さまになったのよ」なんていうセリフが
あるけど、その気持ちが、今はすごくよく分かる。


カトリック信者である母は、教会で葬儀のミサを執り行い、
主イエス・キリストの御許へ、その食卓に招かれ、
同じテーブルに腰をかけ、楽しい晩餐の仲間入りしたんだ。

きっと、ちょっとオドオドしながらフォークとナイフを手にして、
赤ワインでも飲んだんだろう。

それが楽しい晩餐ならいいな、と。
そんなことを想像してる。

私は輪廻転生を信じるし、
意識=アートマンは永遠の存在であり、
人は生まれ変わり、また別の肉体をもって生きる。
そして、その肉体の中で、意識は永続する。

そう信じてる。

信じてた・・・。

いや、正直、いまはわかんなくなってるんだ。

命は本当に永遠なのか?

母の意識は、今どこにあるんだろう?
母の意識は、遍在してるのかな?

大いなる宇宙の意識、ヴィラータプルシャと合一したのか?

それを証明することは、誰にもできない。
残念ながら、今の私には感じることが出来ない。


母は私の中で永遠に生きる。

そうなのか?
記憶の中に留まるということ?

私の中で、私の存在の一部として、
私がこの肉体を持ち、「私」の意識があり、
チッタ(記憶)があるうちは共に生きてる。

でも、私もまた死ぬ。
必ず、いつか死ぬ。

そのとき、私の中に永遠に生きてた母はどうなるんだろう?

私はそれを引き継いでいくべきなんだろうけど・・・。

私には子供がいない。
私は、つなげていくところがないような、
そんな漠然とした不安を感じている。

それがものすごく悲しくて悲しくて、
耐え難い孤独に感じることが、たまにある。


「人はこの世に、ひとりで生まれてきて、
 ひとりで死んでいく。
 いつもひとりだ。
 だからこそ、独存するのだ。」

これは、ヴェーダにある基本の教え。

孤独と独存は、まったく違う。

私はヨガを学び実践するものとして、独存したいと思っていたけど、
いま、母を亡くした体験が、一気に孤独へと私を引っ張っている。

この体験は、思った以上にハードだわ。
なんというか、そのハードさに、他人事のようにすごく驚いてる。

そんなとき、私は『悲しみセラピー』のページを開く。

これは、昨年、お父様を癌でなくされたMちゃんが、
私に贈ってくれたもの。

これを読むと、私の心は安らかになる。

『悲しみの持つ力を重く考えましょう。
 悲しみは非常に強く、思いもよらない仕方で
 心にも、身体にも、魂にも、
 大きな影響を及ぼすこともあります。
 自分に優しくしていましょう。』


そして私は、悲しくなったら、
涙が溢れたらそれをガマンしないようにしてる。

それがどこであれ、回りを気にせず、
涙を流すようにしてる。

『泣いてもいいのです、
 あなたの涙は、愛情のしるしです。
 愛情から湧き出す涙は、
 癒しと立ち直りをもたらす助けとなります。

 喪失による深い悲しみを
 涙によってあらわしましょう。
 そして痛みと悲しみを、
 涙によって洗い流し始めましょう。』


死は決して終わりではない、
安らぎの源へ戻る旅路への出発だ。

そう信じてるけど、
旅立たれたことへの感情は湧き上がる。

感情は生まれる。
そしてそれは、とてもエネルギッシュな存在。

でも、その感情を、
それを感じてる自分を、
深呼吸しながら緩める術を知ってることで、
私は大いに救われている。

今の自分が何を体験してても、それをただ観てる。
観てる自分をリラックスさせる。

あとは、感情の高まりが、自然と鎮まっていくのを
見守るだけ。

またいつもの平常心が戻ってくる。
そして、悲しんでる自分をハグできる。

その繰り返し。

この1ヶ月は、その繰り返し。

少しずつ変化してる自分にも気づいてあげよう。

優しい声をかけてくれるみんな。
元気そうでよかった、と気遣ってくれるみんな。

『傷んだ心の悲しみを閉ざさないでください。
 その痛みを通して、
 神を-そして心を配ってくれる人を-
 迎え入れることができるのです。』

私は、いま、この経験をしてる。
この経験をするために、すべてが起きてるんだ、とも思える。

満ち足りること、
満足すること、
今の状態でいい、
これで十分。

そう思えることが「真の幸福」だと私は思ってる。

今の私に足りないものはない。
すべて私のうちにある。

満ち足りている。
そんなアファメーションと共に・・・。

今日はバレンタイン。

目の前に、生きていてくれる愛する人に、
素直に想いを伝えよう。

Om Shanti.

親友の手紙

中学時代の親友から、母に手紙が届いた。

「中学生の頃、家の居心地が悪くて、
 週に何度もはるちゃんの家に足を運んでいました。

 おばさんはいつも台所の同じ席に座っていて、
 微笑んでくれていました。
 
 すごくたくさん話しかけてくれる訳でも、
 たくさん相手にしてくれる訳でもないのに、
 おばさんの自然体がすごく心地よく、
 迷惑であったろうにも関わらず、
 私の心地よい場所としてあったことが、
 私にとって、どれほど救われたか知れません。

 本当に心よりありがとうございました。」


祭壇にこの手紙を置き、手を合わせ、
母の遺影を眺めると、

そこには、やっぱり、静かに微笑む母がいた。

そう、母はそういうひとだった。

自分の意見を強く言うわけでもなく、
感覚や感情を主張するわけでもなく、

人が話すスペースをいつも保ち、
耳を傾け、微笑んで、

大丈夫よ、とか、いいよ、とか、よかたい、とか、
へー、とか、いやー、とか・・・、

そんな簡単な言葉で相槌をうつ。

母のことを思い出すと、
いつもにっこり微笑んでるんだ。

鼻の付け根にいっぱいシワを寄せて、
笑ってるんだ。


最期、ホスピスの先生方にもよく言われた。

「苦しみを訴えなさらない方ですね」と。

そう、母はそういう人だった。

そんな母を想って、筆を取ってくれた親友に、
いまから電話をかけようと思う。

少し遠くに住む彼女と話すのは久しぶりだ。

きれいな字で書かれた手紙を読みながら、
彼女の心の美しさを感じた。

中学時代と同じ、繊細で傷つきやすく、
優しい彼女は、そのままそこにいる。

母は私に、いろんなつながりを蘇らせてくれてるんだ。
ありがとうね。

Om Shanti.

母の告別式を終えて

昨日の夜、5日ぶりに戻った自宅は深々と冷え込んで、
暖房、ストーブ、総動員でも、なかなか暖まらなかったです。

1月14日に、母が息を引き取り、
18日に通夜、19日に告別式を執り行いました。

本当に、いろんなことが起こりました。

いまはただ、誰に対しても、「ありがとう」という言葉を、
伝えたい気持ちでいっぱいです。


もう少しお休みしようかとも思ったのですが、
月曜日からクラスを再開することにしました。

日常に戻り、ペースを取り戻したい、という想いが、いまは強いのです。

なにも繕えない。
いまのまんまの私でしか、みんなの前にいれないけど、
それでいこうと思ってます。

取り急ぎそのことを伝えたくて、久しぶりにblogを更新します。


私のお母さんは、すばらしい逝き方を私に見せてくれました。

そして、1月19日、
私の誕生日であるこの日に、
母を見送ることになったご縁に、

私は、深い意味を感じるんです。


みんな、また一緒にヨガをしましょう。

ヨガの真摯な実践が、
人生のいろんな局面で私を助ける、ということを、

私はいま、本当に実感してます。

だから、一緒にヨガをしよう。

いまは、みんなと、
いつもの笑顔で会いたい、そう思ってます。

私を支えてくれているみんな、
本当にどうもありがとうございました。

Om Shanti, Shanti, Shanti.

母の味、お雑煮

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母に代わって、
お雑煮をつくりました。

我が家のお雑煮は、かしわ出汁(鶏肉)の澄まし汁。

お椀の底にしっかり煮込んだ大根の輪切りを敷き、
その上に、こんがりと焼いた丸餅をふたつ。

「餅が底にくっつかんように大根を敷くとよ」
母から教わったおばあちゃんの知恵。

その上に出汁をとった鶏肉をころころと入れ、

甘辛に煮込んだどんこ、
紅白かまぼこ、
花型のにんじん(今回は型が見つからず真ん丸にんじん)
小松菜、
そしてたっぷりの柚子。

大根は、わが38ファームで取れた見事な三浦大根!
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そして餅は、
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もちろん、カズがつきました。

子供のころから、毎年毎年、食べてきたこの味。
でもね、作るのは初めてだった。
いつも任せっきりだったことに改めて気づく。

作るコツを聞いた私に、
ベットでうつらうつらな母が唯一教えてくれたコツは、

「鶏肉はね、ちょっといいとば使うと、
 ずっと美味しくなるもんね。
 いつもより、ちょっと上等なもんば使うと、よかよ」

ははは、かわいいな、お母さんって。


「点滴や酸素なしで何時間過ごせるか?」

もしかしたら、元旦の午後、2-3時間帰宅するのが限界かも、
って言われたんだけど、

母の「帰りたい」という強い希望と、
実際、体力の低下が激しいため、これが最後のチャンス、
ということで、先生やスタッフの皆さんが
「全面的にバックアップしますよ」と言ってくれた。

おかげで、大晦日の夕方から、元旦の夕方まで、
およそ24時間の外泊ができた。

とはいえ、家に戻ってもほとんどの時間は夢の中。

数日前から、夢と現実がごっちゃになり始め、
かなり、おもしろいことを言うようになった(^^)

そして、うつらうつらしながら、あっという間に熟睡に入る。
きっとこのぐらい寝てないと、体の維持ができないんだろうね。

熊本から母の妹と弟も駆けつけ、にぎやかなお正月を過ごせる場は、
できあがってるんだ。

元旦はどうにか、車椅子で一緒にテーブルを囲みたい。

そんな想いで迎えた朝。
昨日よりちょっと調子もよさそう。

だって母は、お雑煮の出汁の味見までしてくれたんだ。

小皿からひと口飲んだ母は、
最初じーっと固まったまま・・・。

どう? 美味しい?
なんか足りない?

そう聞くと、

「・・酒、酒の味が足りんね」って。

そしてお酒を足してもう一度飲んでもらったら、
「うん」とかすかに頷き、お母さんのOKが出て完成!

お母さん、さすがー、とみんなで大盛り上がりだったよ。

後から叔母に聞いたら、熊本では赤酒という、
旨みの高いお酒を使うんだって。
来年は、赤酒を準備しよう。

そして、少しきつそうだったけど、
車椅子に腰掛けて、1時間ほどテーブルを囲めた母。

母のうれしそうな顔。

少しぼんやりしながらも、みんなと過ごせた時間を、
お母さんは、どう感じてたんだろう。

私たちは、お母さんがしたいと思うことを、
サポートできてるかな。

その後は、また夕方までうつらうつらと夢の中。

母を病院に見送った後、
私は部屋に残りお正月の道具を片付けた。

これまで母は、私たちを見送り、
こうして片づけをしてくれてたんだ、と、
また改めて気づきながら・・・。

2012年、お正月。
母と過ごせて、本当によかった。

家族全員、いろんな想いが交差しながら。
喜びと切なさを感じながら。

共に過ごせて、本当によかった。

Om Shanti.

昇る朝日を

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母の部屋にお泊り。

翌朝、7時。
病室からの景色。

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まさに昇ろうとする朝日を、
ふたりで眺めた。

はぁ、きれいかー、

きれいかねー。

Om Shanti.

母の暮らし

緩和ケア病棟は、基本的にNOがない。
患者の希望、家族の希望を、
ほとんどすべて受け入れ実現させてくれる。

面会は、家族に限り24時間OK、もちろん病室に宿泊もできる。
簡易ベットを入れてくれるし、部屋にシャワーもあるので便利だ。

また、猫は?と聞いてみたら、もちろん大丈夫ですよ、との答え。
今度、ジェルや、にゃんだじも連れて行こう。

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ダイニグソファが並ぶ談話室は、家族もくつろぐことが出来るし、
このバーカウンターでは、患者さんが多少ならお酒を嗜むことも
できるそう。
最期、好きなお酒を楽しめるのは、うれしいひとも多いだろうね。

そして私にとって、とても嬉しいのはキッチンがあること!
さっそくお粥とお味噌汁を作ってあげた。
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塩麹で漬けたダイコンや、キュウリのぬか漬けなど、
食べたいと思うものを用意してあげれるのは、本当に嬉しい。

そして、私の味噌汁を食べ、「美味しい」って言いながら、
涙ぐんでくれたお母さん。

私は、自分の役割を深く深く感じることができたよ。
お母さん、ありがとうね。

そしてこの病棟には、こういう器具があるから安心なんだ。
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この病棟に入るとき、看護師さんに
「いま、お母さんにしてあげたいことは何ですか?」と聞かれ、
私は、お風呂に入れてあげたい、と答えた。
もうかれこれ、ひと月くらい入れてなかったから。

お母さんは、寝たままシャワーを使わせてもらったらしい。
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すっごく気持ちよかったみたいで、
目を細めて笑ってたよ。


あとは、このお庭に散歩に連れて行きたいな。
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大きくゆるいスロープになってるから、
車椅子だけでなくベットのまま転がして出て行くことができるそう。

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景色もいいし、こんなところで外の空気が吸えるのは、
気分転換になるだろうね。

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ボランティアの方々が花壇の整備をしてくださっているよう。

そして最後、これはすばらしい、と思ったものが、
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最期を向かえる本人、そして家族が、こうしてひとり静かに、
内側に意識を向ける場を準備していることに、
私は、感動しました。

とても大切なことだと思うから。

この部屋に入った瞬間、私の体全体に流れたプラーナは、
決して気のせいではなく、これまでこの部屋に入った全ての人たちの、
思いを感じ取ったんだと思っている。

私もここで瞑想し、朝晩ヨガをした。
私もひとりになる時間が必要なんだ。

Om Shanti.

緩和ケア病棟へ

入院から1週間目に、緩和ケア病棟へ移転した。

手術からお世話になっているこの病院。

抗がん剤を拒否したことで、一時は離れることになったが、
定期健診というスタンスで関わりを続け、
緊急の場合はすぐに対応します、という約束をいただき、

実際、救急車で運ばれた18日から、
本当に手厚く、皆さん暖かく、私たちの意向を尊重しながら、
関わってくれている。

入院から3日目だったか。

主治医の先生に呼ばれ、小さな会議室に入っていき、
そこではじめて「余命」を宣告された。

このままでは、もってひと月でしょう、と。

たぶん私、きょとんとした顔をしてたと思う。
ひとつ静かに深呼吸をしてみたけど、実感がわかない。

そのとき
「実は病院内に、入院患者さんのみを受け入れる
 緩和ケア病棟があるんですが」

という話をしてくれた。

「緩和ケア病棟?
 それは、つまり、ホスピスという意味ですか?」

母は以前から、最期はホスピスに入りたい、と言ってたんだ。

聖路加病院の日野原先生のお話を、どこかで読んだらしい。
カトリック系のホスピスを探さないと、と思っていた矢先、
先生からこんな提案。

その後、実際に病棟を見学に行った。

同じ建物の最上階にある緩和ケア病棟は、
階下の病院の入院病棟とは、まったく違う空気が流れてた。

受付には大きなクリスマスツリー。電子的な装置の音はまったくなく、
クラッシクやクリスマスソングが流れてる。

全体的に落ち着いたトーンの内装。
白とブラウンで統一されて広々とした空間。

案内してくれた看護師さんについて奥の部屋へいくと、
中から笑い声が聞こえてきた。
覗いてみると、白髭のサンタクロースとたくさんのトナカイたち。

患者さんやご家族と過ごすクリスマスパーティが、
ちょうど終わったところだったらしい。

医師や看護師さんがみんなゆるく、明るい表情をしていることが印象的で、
私は、この病棟が気に入った。

そして後日、母を交えての医師との面談を行い、
26日、無事に移転することができた。

母はこの面談で、緩和ケアの方針に同意し、自分の口ではっきりと、
「延命はしないでください」と言い切った。

車椅子に座るのさえきついのに、
咳き込みながらも、力強く受け答えるお母さんの姿に、
私は、涙を我慢することができなかった。

Om Shanti.

プロフィール

はる

Author:はる
はるです。Sita(シータ)はアシュラムでいただいたスピリチュアルネーム。とても気に入ってます♪

ヨガを通して、ありのままの素の自分に出会える喜びを感じています。
現在、下北沢にあるクリパルジャパン-Yoga of Life-、Yoga Kutir『涼亭』(清澄庭園)、他に、ママとベビーのヨガサークル、NPO活動としてシニアヨガ、企業での福利厚生など、幅広い年代へヨガをシェアすることをライフワークとしています。

2012年4月、東京を離れ神奈川県の相模湖、藤野エリアへ移住。かねてからの願いだった自然と共存する暮らしにシフトしました。

・07.10月北インド・ウッタルカシでシバナンダヨガのTTCを修了。
・08.10月東京でクリパルヨガ教師養成コース修了。
・Yoga Fitシニアヨガ教師養成講座修了
・トラウマ アプローチ ヨガティーチャートレーニング修了
・クシマクロビオティックアドバンスト修了

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